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今日はEconomistの記事から紹介です。
原油が直近のピークをつけたようですが、今度は水が危なくなってきています。
・世界における水の消費は20年ごとに倍増(多くは農業用)
・水は石油のような代替品が無い
・気候変動によって使用可能な量が変動する
・新興国の工業化によって水質が悪くなっている
・ダウやネスレなど一部の起業は既に水の消費を抑えに入っている
世界人口の増加による量的な必要性が高まる一方で、新興国の工業化によってどんどん水質が悪くなっているのですから、その需給はこれから更に逼迫することが予想されます。石油資源が上昇すれば原子力や太陽電池などの代替手段による技術が進歩するところですが、水の場合それがありませんから、汚れた水を浄化するなり、リサイクルするなりしないといけません。
株雑誌ならこの手の観点からいくつか企業をピックアップして並べるところでしょうか。
日本の水関連技術は世界トップクラスですから、探してみるとお宝にありつけるかもしれませんね。
・相場の動向に応じてポジションを柔軟に変化させ、戦略も変えていく手法
→ あまり気にしすぎるとただのノイズに反応するようになり、自分が何をやっているのか分からなくなる。一度疑心暗鬼に陥ると何も自信が持てなくなり、決断するべき時にできなくなる。
・相場の動向など目もくれずに、あるひとつの戦略(長期投資とかバリューとか)を固守し、どーんと構える手法
→ 自分のスタイルにあまりにも固執すると重要な変化が起こっていることに気がつかず、撤退することができずに傷口がどんどん広がっていく。
どちらでやるにせよ一長一短あり、完璧にやることなどできない。
両者の中庸を行くにしても、そのさじ加減はアートの領域にあるので難しいですね。
私のタイプを強引に定量化するなら、前者20%、後者80%ぐらいです。
DCFによって理論株価を求める方法は、私も簡易的なバージョンで実践していますが、深入りすることはありません。
よく指摘されていることですが、以下二つが主な理由です。
・売上や利益などの将来予測がいい加減だと、出てくる結果もいい加減である(garbage in, garbage out)
・理論式の構造上、指数の項目が存在するので結果が大きくぶれやすい
DCFの理論はCAPMの話あたりを除いて完璧ですが、実践する上で問題があるように感じています(相場動向によってはバリューそのものが効かないという話もありますが、この話はまた別の機会にしたいと思います)。
それでも一通り計算を行うのはなぜかというと、理論株価を算出する過程において、売上や設備投資、運転資金の増減に対して評価を行うため、企業のリスク要因を洗い出すことができるというのが一番の理由です。
例えば、
この企業は一見すると魅力的だが、よくよく考えると創出したキャッシュ・フロー以上の設備投資が必要になってしまうので思ったほどではないな。
この企業は利益の伸びはすごいが、売上債権と棚卸資産が現金化されるまで恐ろしく時間がかかるな。銀行からの融資が途絶えたら終わりだ。
といったようなことに意識を向けることができます。
理論株価が当たらないのは予測の精度が悪いせいだと考えて、マクロ経済の分析にまで手を伸ばすのは、問題を複雑にするだけで報いが少ないのではないかと思っています。
今のところ私は日本株の個別銘柄を多く購入していますが、もちろん株式以外の資産にも分散して投資をしています。アセットアロケーションについての説明は他の専門の方に譲りますが、様々な金融商品を持っていると定期的に状況を確認するクセがつくというメリットがあります。
TOPIXのETFをもし少額でも持って入れば、全体の株価の推移を見る目が多少なりとも違ってきます。以前私はYahooFinanceに為替や各種インデックスを登録していたのですが、忙しかったりすると元々お金がかかっていないため、ついほったらかしになり、そのままになっていました。
現在では様々な商品がETFとして少額から投資できます。一通りお金を出して専用の証券会社に入れておくと、定点観測をするには非常に便利です。実際の損益が%で表示されますから相対的な比較が実感として湧いてくるので以前に比べ真面目に見るようにはなりました。株式のインデックスと併せてMMFやFXも利用すれば一通りの動向は追えるのではないでしょうか。
サラリーマン投資家が資産を形成する上で確実にできることは何かと言えば、やはり節約だと思います。投資でどれだけ緻密な調査を行ったとしても、予想通りの業績が出てくるわけではありませんし、相場の動向によって損をすることはいくらでもあります。
しかし、節約という行為はやった分だけ必ずリターンがあります。生活を見直せば、10%、20%のコストダウンはすぐにでもできると思います。確実に取れる物は取っておくのが蓄財への第一歩ではないでしょうか。
私の生活はといえば、相場が良かろうが悪かろうが、ここ5年ほどの出費に大した差はありません。給料自体は増えているのでもう少し贅沢をしてもいいのかもしれませんが、お金を遣うこと自体あまり好きではありません。毎月の投資額・貯蓄額がどんどん増えています。単なるケチなのかもしれませんが。
「お金は使わなければ意味がない」ともよく言われるのですが、それに対する答えはチャーリー・マンガーの言葉を借りて回答しておきます。
「私は金持ちになりたいと心から思っている。それはフェラーリに乗りたいからではない。私は独立していたいのだ。独立こそ私が求めるものなのだ。」
米Appleのスティーブ・ジョブズ氏が1ヶ月ほど前にかなりやせた姿で登場したことで、同氏の健康状態に対する業界や投資家の懸念が広まっているようです。
まあ、言ってみればこの会社はカリスマ的な経営者によって成り立っているところですから、投資家が懸念するのも当然でしょう。この手のタイプの経営者にしてみれば「ほれみろ、私がいなくなってからあの会社は悪くなっている。やっぱり私がいなくてはダメだな」とでも言いたいのかもしれません。しかし、後継者を育てることも重要な仕事の一つであり、それができていないようなら投資する企業にはあたらないと思います。
どんなバカでも経営できる企業に投資せよ、とよく言われます(失礼な表現なのであまり私は使いたくないのですが)。そのような企業の特徴を思いつくままにいくつか挙げてみると以下のような感じになります。
・成熟した産業にあり、独占的なシェアを持っている
・各種の規制に守られている
・市場規模がそれ程大きいわけではなく、大手が参入するには旨味が少ない
まだまだあるかもしれませんが、このような企業は大抵退屈な事業を営んでおり、将来的な成長もあまり見込めないケースがほとんどです。それ故に過小評価されやすく、バリュー投資の対象となることもよくあるわけです。
ロバート・キヨサキ氏の「金持ち父さん、貧乏父さん」は金持ちになるための考え方をわかりやすく説明した本です。資本主義の社会で成功するには労働者の側にいてはダメでビジネスオーナーの側に回りなさいという主張は、よく考えると当たり前のことなんですが、会社員しか頭にない日本人には発想の転換ぐらいにはなったと思います。
ところが、ビジネスオーナーの側に回ったからといって、必ずしも成功するわけではありません。本書でも「必ず何回か失敗するものだ」と指摘はありますが、これはかなりの覚悟が要ります。成功するまであきらめないという精神論はどうなのでしょう。株式投資で設ける秘訣は成功するまであきらめないことだと言っているようで少し微妙な気持ちになります。
会社員はその点、毎月の給料がもらえますからリスクはかなり少ない立場にいます。結局投資と同じことで、大儲けするためにはリスクをとらなければいけないという話なのです。
サラリーマンであれば毎日不満ばかりかもしれませんが、生活への不安はありません。一方、ビジネスオーナーになれば不満は無くなるかもしれませんが、生活への不安があります。ミドルリスクミドルリターンを望むのであれば、サラリーマン投資家になるのがひとつの手でしょうか。リスク許容度は結局人それぞれということで選択肢は色々ありますから、少なくとも極端な行動には走らず、最初にじっくり考えてみるといいと思います。
バリュー投資における評価方法のひとつとして、解散価値があります。
ある企業が何らかの理由によって解散したとします。借金は債権者へ返済し、所有していた財産を全部売り払ったところどれだけ株主に残るかを試算するというものです。
PBRという評価法もありますが、BSに記される純資産を元にした評価法です。実際には在庫などを売り払えば二束三文にしかならないのが通常ですから、もう少し割り引いて考える必要があります。
そこで、簿価に対して安全率となる係数を掛けることによって現実に即した形で算出しようというのが解散価値の基本的な考え方です。
例えば単純な例ですが、以下のように計算してみます。
流動資産
現金 5,000×100% = 5,000
受取手形・売掛金 1,000×80% = 800
棚卸資産 500×30% = 150
固定資産
土地 5,000×80% = 4,000
無形固定資産 3,000 × 0% = 0
簿価合計 = 14,500
割引後の合計 = 9,950
(百万円)
現金は係数100%で問題ないと思いますが、棚卸資産や無形固定資産は解散時にはほとんど評価されないと推測されますので、係数を低くしておきます。土地の評価は現状の地価がどの程度になっているかを考慮した上で係数を掛けます。この辺のさじ加減は個々人の判断によって変わります。
こうして算出された値と、当該する企業の時価総額を比べてみて株価が割高か割安かを判断します。もし時価総額が7,000(70億)だとすると、解散価値の方が高く出ていますからこの企業の株価は非常に割安という話になります。
ところで、この算出方法は企業が「仮に解散したらどうなるか」という前提のもとに計算を行っています。いつだったか、「企業が解散するなんてことはほとんど無い話なのだから、そんなものを計算しても無意味だ」と言われたことがありました。
次回はその点について少し考えてみます。
人口動態と株価の関係はよく引き合いに出されます。かくいう私も自著で引き合いに出してますので、ここで少し自分突っ込みをしてみます。
仮説:人口動態と株価は連動している。ベビーブーマーが40代になると住宅の購入など消費が人生の中で最も大きくなるため、経済も活性化し株価が高騰する。1980年代後半における日本のバブルや、1990年代の米国株の高騰がそのよい例である。日本では団塊ジュニアが40代への予備軍として控えているため、日本の景気は今後良くなり、株価も上昇する。
突っ込み1
日米2つのサンプル数では、いかにも少ない。ヨーロッパの各先進国においても同様のデータが得られていなければ、信頼に値する仮説とはなりにくい。ヨーロッパ先進国のデータを調べ上げ、同様の傾向が得られるのだろうか。仮説に一致しないデータがあったならば、何故そうなったのか前提条件を改めて見直す必要がある。
突っ込み2
40代前半で住宅を購入する人が多いはずだから、これから不動産セクターに投資すればベンチマークを上回ることができるのではないか?また、そうであるならば、米国や日本で株価が上昇した際は不動産セクターがインデックスを上回っていたのか?相関関係があるのか、40代の消費動向を調べて株式市場でどのセクターがあがっていたか調べておきたい。
突っ込み3
40代で消費が最大となる前提そのものが崩れる。日本の将来を懸念して、団塊ジュニアが子供をあまり産まない、消費も控える。また、人口のピークアウトを見越して株価が反応しない可能性もある。
配当や株主優待の季節となりました。投資において特に優待は意識していないのですが、私の所へも続々と届いております。
株式を保有することは企業の一部を所有することであると考えれば、株主優待というのは自分で自分に贈り物をするという行為です。経済的に考えれば合理性なんてものは無いのですが、もらったらもらったで嬉しくなるのですから不思議なものです。
私たちは経済的な合理性を追求する世界の住人であると同時に、人付き合いを上手くやっていこうとする世界の住人でもあります。誰かの誕生日や母の日・父の日に現金をあげてしまうと、普通の人は何か気まずい雰囲気になってしまいますよね。贈り物を渡す相手のことを考え、時間を割いて選んでくれたことに人は感謝の念を抱くのです。
この社会的な習慣が私たちの心の底にまで根付いているためか、贈り物をもらうと条件反射的に嬉しくなってしまうという性質が私たちにはあります。この条件付けが、本来は経済的な利益を追求するはずの株式投資において適用されると、優待目当てで株を選ぶという行為になっていくのではないかなあ、と私は考えています。
もちろん、優待があるために長期保有ができて日々の株価に一喜一憂することがなくなるというのであれば、その人にとっていいことだと思います。逆に、「オレの誕生日には現金をよこせ」なんて要求をするほど経済人になってしまう方がなんだかなあというものかもしれません。昔私がそうだったので少し反省しています。
先日、用事があって証券会社に行ったのですが、入り口で外国人が集まってビラを配っていました。何事かと思いビラを読んだところ、同じビルにテナントとして入っている英会話教室の外国人講師がストを起こしているとのことでした(私を生徒と勘違いしてビラを渡したらしい)。
当該の企業は増収増益を維持し、生徒の授業料も上げているのに、講師への賃上げは一切無いという主張が書いてありました。
会社四季報には企業ごとに社員の平均年収が記載されていますが、中にはこれほど安い給料で本当に生活できるのだろうかと心配になる会社もあります。特に、利益率が良いにもかかわらず賃金が低く抑えられている企業は、社員が犠牲となっているわけです。仕事にはやりがいの面が大きいといっても、これででは人材を育てることはできません。また、将来的に賃金水準が是正されれば(最近その傾向が強くなっていますが)減益は免れないでしょう。
四季報を見て、あまりにも年収の低い企業のリスクは大きいと見て、私は投資の対象からは外すようにしています。
企業の財務状況について一瞥してどんなものか確認したいという場合は、四季報CDなど利用すればおおよそのところがすぐにわかります。
ただ、単一の事業を手がけている企業はまれで、大体2,3の事業にわたって営利活動を展開しているところがほとんどです。このようなセグメント情報は有報まで目を通さないといけなかったのですが、以下のサイトでよくまとまった情報が提供されているのを見つけました。
情報があふれかえっている現在の状態では、分析を効率的に行い、調べる価値のある企業に時間をかけたいものです。
こんにちは。
ジャスダックインデックスと予想PERの推移を直近1年の期間でグラフにしてみました。
今年の1月は株価の下落と共に予想PERも下がりました。しかし、その後予想PERが4月末まで上昇しています。恐らく業績の下方修正により、EPSの減少分を反映しているのでしょう。しかし、株価には反映済みだったようでインデックスの値はほぼ横ばいです。
決算と同時に、来期の収益予想が発表され、5月末日のPERは下がりました。が、インデックスはそのまま横ばいです。
ここ半年ほどは、決算に対して株価が反応しなくなっている状況で外部要因にふられることが多いようです。
今日のテーマについて、私はこうしているというだけの話です。他の方が行っていることについて、とやかく言うつもりはありませんので誤解無きようよろしくお願いします。
働くという行為には「金銭を得る」ことと「社会的貢献・自己実現」の2つの側面があります。
私の勤め先は製造業でして、今入る業界ではどうがんばっても給料はなかなか上がらない状態にあります。一時はふてくされたこともありましたが、「社会的貢献・自己実現」に目を向けることによって働き続けることの意義を感じています。
一方、「金銭を得る」ことに関しては株式投資で実践するようにしています。裏を返すとこれは、株式投資を通じた社会貢献については意識が希薄だということです。投資に価値観を持ち込むことはあまりしたくないなあと感じています。CSRや地球温暖化への取り組みに熱心な企業という理由で投資は行いませんし(実際、米国の調査結果ではこの手のファンドの成績は今のところあまりよくないようです)、日本企業を応援するという意味合いで日本株に固執するつもりもありません。訪問販売を行っているなど、モラルの欠けた企業には投資しないという程度にとどめています。どうも価値観を投資に持ち込むと、負けた時のいいわけにしてしまうことが多いので、純粋に金銭を得ることに徹しています。私がバリュー投資を行っているのは自分に最も適した手法だと認識しているためで、企業の応援という意味合いはあまりありません。この手法自体価値と価格の鞘取りのようなものです。
以上のように、働いて「社会的貢献・自己実現」を達成し、投資をして「金銭を得る」ことによって、二つの欲求が私の中で折り合いが付いていることは理想的な状態に近づいているなあと感じています。
*投資の成績自体は近頃芳しく無いのですが、それも周期的なものとして長い目で見ています。
危険度はどうやって測ればよいでしょうか。
「コンサルタントの秘密」G・M・ワインバーグ著
という本では、「みなさんがどう感じるか」という点に注目して以下のテストを提案しています。
★あなたはそのシステムに、自分の命をあずける気がありますか。
私はバリュー投資を実践していますが、この投資システムに命を賭ける気はさらさらありません。そこまで信じられるものはこの世に存在しないと思ってますので。
ワインバーグも、すべてのシステムがこれほど厳しいテストを必要とするわけではないと認識してますので、もう少し弱い質問があとに続きます。
★あなたは右腕を危険に晒す気がありますか。
★あなたは左手を危険に晒す気がありますか。
★あなたは全財産を危険に晒す気がありますか。
★あなたは一ヶ月の給料を危険に晒す気がありますか。
★あなたはポケットマネーを10ドル、危険に晒す気がありますか。
私の場合、全財産の約半分をバリュー投資に当てています。この程度がこの投資法に対する私の信じる度合いです。
ワインバーグが更に主張するところでは、このテストの肝心なところは、主張をする本人が、空疎な抽象論をペラペラしゃべる代わりに何か個人的なものを危険に晒すところにあるとしています。プロのエコノミストやファンドマネージャーは、どの程度その予測やファンドに自分の財産を預けられるのか、少し聞いてみたいところです。
私の専門の分野について、新聞や雑誌がトンチンカンなコメントをしているのをしょっちゅうみかけます。これは裏を返すと、自分がよく知らない業界の企業分析は、専門の人から見るとトンチンカンな可能性が非常に高いことを示唆しています。
そのような前提があるので、収益などの予想については来期予想として発表される数値を基本的には信頼しています。ただし、企業によっては予想が強気であったり弱気であったりする「クセ」があります。投資家としては下手なビジネスモデルの分析をするよりは、その傾向を読みとるアプローチから入った方がいいように感じています。
具体的には、過去数年分の業績予想と収益の結果を比べてどの程度ブレているかを確認すればいいでしょう。また、時系列的な比較と同時に、同業他社との比較も役に立つと思います。競合が軒並み弱気な予想をしているにもかかわらず、1社だけ外れた予想をしていれば、なぜそうなるのか明確な根拠がなければなりません。
地味な作業になりますが、思い込みで企業に惚れ込むよりも幾分確実な方法だと思います。私の場合、収益予想のクセを掴むことは分析における優先度の項目として比較的高い位置にあります。
企業の定性分析をやる際にチェックリストを作り、各項目について点数をつけて最終的な総合点数で企業を比較していたことがあります。
例えば5段階表記で
・参入障壁は高いか? 4
・ブランド力はあるか? 3
・会計は保守的か? 5
総合点数 12
このようにして数値化した企業評価にどのような意味があるか・・・結果を並べてみて何とも複雑な気持ちになりました。そもそも単位が異なる定性評価を、無理矢理数値化して総合得点を出しても、出てきたものはわけのわからない数字でしょう。4m + 3kg + \5 = 12 ??? とやっているようなものではないかと感じ、このやり方は私の中でボツにしました。
そもそも、定性分析をやっている途中の段階で、この企業は買いだな(買わないな)というのが心の中で決まってくるんですよね(分析をやる前から決まっていてはいけないのですが)。チェックリストは自分が見落としているリスクがないか、文字通りチェックの意味で使っておけばいいと思います。
株式投資の本には1月効果やバリュー効果などのアノマリーを紹介するものが多くあります。これらの分析は、ある仮説の元にデータマイニングを行い、意味のあるものについて一般に知られるというプロセスを辿ります。
この、仮説→検証→公開の流れの中で、個人投資家は公開された情報にしかアクセスできないという状況があります。何が言いたいかというと、仮説→検証の過程であまり芳しい結果が得られなかったものについては、ほとんど知らされることが無いという事実です。一見するとスマートに株式投資の手法が紹介されていますが、その裏ではあまり有効ではなかった仮説の山が築かれていることにも、たまには注意を向けた方がいいでしょう。
データとして有効でなかったという話をわざわざ公開しても金融機関や株の専門家としては確かにあまりメリットがありません。しかし、個人投資家の側からすると、否定された仮説が何であったのかが分からない限り、ある手法が有効なのか否か延々と同じ議論を繰り返す羽目に陥り、なかなか前に進むことができなくなります。
大して意味のない経験則をあげてしまったことで、発言者の信頼が落ちてしまうということを懸念されるのかもしれませんが、「その仮説は意味がないということが分かる」だけでも大きな進歩になります。金融関連の学会ではそのような手続きがきちんととられていると思いますが、個人投資家が実践に使用できるデータという意味では扱いにくいように感じます。
株式投資のデータは使用料金が割と高額に設定されているため敷居が高いのですが、この状況が改善されるともう少し面白いことになるのではないかと思っています。もっとも、お金儲けが絡んでいますから、個人にしても検証結果の公開という高望みはできないかもしれません(私がやれって?)。
今日の話題はちょっとしたお遊びです。所詮たわごとですので気軽に読んで下さい。
いつだったか、会社の研修で心理学者の Gardner が提唱する多重知能仮説についての説明を受けたことがあります。人間には7つの異なる知能があり、この知能の活性化の程度により、各人が好む学習スタイルも異なるということを提唱していました。確かに人の頭の良し悪しはIQのようなものでは一概に決めることはできず、もう少し細分化されるべきだということは何となく感じていたので、この話を聞いた時はなるほどと思いました。
その7つの知能とは
1.Linguistic intelligence
2.Logical-mathematical intelligence
3.Musical intelligence
4.Spatial intelligence
5.Bodily kinesthetic intelligence
6.Interpersonal intelligence
7.Intrapersonal intelligence
バリュー投資において必要とされるのはどれかという話になると、1, 2, 7 あたりではないかと思います。1の言語能力は決算書や有報の文章から行間を読みとり、経営者のメッセージを深く理解するために必要だと思います。また、2の論理・数学的能力は統計や財務諸表を解析するためには必須の技術でしょう。最後に7について簡単に言うと、自分自身を振り返るという意味でしょうか。今までの自分の投資の行動と結果をチェックして次に生かすことは投資を継続する上で非常に重要なことだと考えます。
ちなみに、テクニカル分析やデイトレードでは、4の空間認識能力や5の運動能力(反射神経)が必要になるのでは?
人それぞれ、自分の能力を振り返り、それが生かせる場で戦うのが初めの一歩かと思います。
私がバリュー投資を主軸として実践する理由は、理論と統計による完成度が非常に高いとみなしているからです。
例えば、株式投資においてどれだけもっともらしい戦略が語られたとしても、実践してもよいと判断できるだけのエビデンスがなければそれはただの絵空事に過ぎない気がします。数字としての証拠が無ければ株式投資というリスクの高い行為は私にとってなかなかできないものです。バリュー投資では単純な低PER銘柄に投資するだけでもインデックスを上回るという実績があります。このPERという指標は、割安性を評価する上では問題だらけであるにもかかわらず、優位性があるという結果が出ているということは改めて考えると驚きでもあります。
また、統計的な結果があるという理由だけで、何故そのような現象が起きるのかという納得のいく理論がなければやはり動くこともありません。システムトレードなどはその範疇に入るかと思います(決してエンジュクの他のブロガーさんを批判しているわけではありません。私はこうするというだけの話で、単なる私の誤解や理解不足かもしれませんから)。私がもっとも恐れていることは、統計の基となる母集団の性質がいつの間にか変化してしまい、運用者の知らない間にシステムが崩壊している可能性があることです。また、なぜこのような統計的結果になるのか、その根拠となるものが明白になっていなければ、運用者である自分自身が不安に駆られてルール通り実践できなくなるということに陥る可能性も高いと見ています。
ただ、リターン・リバーサル効果に代表されるような、売られすぎを買うという逆張りのシステムトレードなど、人間心理に基づいた幾分納得のいくやり方も中にはあります(私は実践してませんが)。
あまりよく知らない投資法について否定的なことを言ったかもしれませんが、結局のところ運用者自身が一番納得していなければ意味が無いということに尽きるのかもしれません。というわけで私はバリュー投資しかできないというお話しでした。
以前ある企業を調べていたところ、経営者が以下のような発言をしているのを見つけました。
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企業が不正行為を働けば、短期的には儲かるかもしれないが、長い目で見ると発覚のリスクなどを抱えることになり、コストが生じる。良心云々よりも、不正をすれば割に合わないという合理的な判断のできることが重要だ。
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当時は一瞬合理的な考え方の様に思ったのですが、考え直してその企業への投資は止めにしました。
裏を返せば「バレなければ何をやってもいい」という考え方が透けて見えるような気がしたからです。
一般の投資家から経営者の誠実さを判断することは非常に難しいのですが、発言をいくつか集めていると、何となくその人の考え方がわかってくる場合があります。また、冒頭の例のように少し変だなと感じるところがあれば手を引いておくことも一つの手だと思います。
歴史は繰り返すとよく言われます。
株式投資の世界に照らして言えば、バブルは世界各地で発生してはその度に崩壊しました。バブルに関する研究は盛んに行われ、数多くの書籍も発行されています。これだけの情報があれば後生の人間はこんな理不尽な行動を起こすはずがないように思えるのですが、状況はさして変わりません。なぜ人は教訓として事実を活かすことができないのでしょうか?
それは、人という生き物が、自分が実感できないこと、体験していないことを理解するのは非常に難しいからだと思います。だからこそ「歴史」は繰り返すのではないでしょうか。(逆に一度バブル崩壊を経験してしまうと、株式投資=ギャンブルという強烈なすり込みがなされ、二度と手をつけなくなってしまうという困った現象も起きます)
私は過去のデータから何度もシミュレーションを繰り返し、経験の代替にしようと試みていますが、単に知っているのと実際に経験するのとでは天と地ほどもの違いがあることを痛切に感じます。ですから、相場歴の長い方の提言は、たとえ最初に違和感があったとしても納得するまで聞いた方が良いと思うのです。経験に勝る知恵はないですからね。
(私の投資歴は10年経ってないので、たまにつぶやく相場観などは当てにしないで下さい。あんまり意味無いですから。)
先日紹介した「ヤバイ経済学」からの引用です。
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サンドマンは自分のノウハウを簡単な方程式にまとめている。
リスク=危険+恐れ
サンドマンが自分のリスクの方程式で、危険と恐れは重要度が違うと彼は認めている。「危険は大きいが恐れは小さい時、人の反応は控えめです」と彼は言う。「そして、危険は小さいが恐れは大きいとき、人はオーバーな反応をするのです」。
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サンドマンの式は、株式市場が時に非効率な振る舞いをするのはなぜか、という問いに対する一つの答えだと思います。
「金融機関の○○問題でこの先経済はお先真っ暗だ」
「○○業界は鮮烈な競争によって多くの企業が倒産するはずだ。」
自分にとって理解できないもの、リスクがどの位あるのかちょっと考えた位では分からないものに対して、人は過剰な反応を示すのが世の常のようです。そして、闇雲に持ち株を売りまくり、バリュー株の誕生となります。
しかし、どんなに恐れが大きくても企業は実態を伴うものです。ものには限度というものがあります。例えば、決算書や有報などを見れば、持っている現金が時価総額よりも多かったりして、いくらなんでもそりゃ無いだろうというケースが最近は多く存在するのではないでしょうか。バリュー投資は企業の実質的な価値を精査することによって
リスク=危険+恐れ
の「恐れ」の項目をできる限り小さくする行為とも言えるのではないかと思いました。
もう方々の記事で書かれていることですが、建築基準法の改悪によって住宅不況が進行しつつあります。
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国土交通省が発表する住宅着工戸数は、前年同月比で7月が23%減となった後、8月が43%減、直近9月も44%減と大幅な減少が続いている。特に分譲マンションは75%減と急激に落ち込んだ。
原因は、マンションなど建築物の耐震偽装問題に絡んで、建築確認の審査を厳格化した改正建築基準法が6月に施行されたこと。その結果、審査期間が伸びて建築確認が大幅に遅れるなどの混乱が生じている。その影響は予想以上に深刻で、ダメージは多方面に波及しつつある。
東洋経済 2007/11/17特大号 P24より抜粋
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マンデベや戸建て業者がひどいことになっており、投資は手出し無用の状況かもしれません。一方で、新規出店による成長を目指す小売業者や工場建設を計画している製造業者にもこの問題はついて回る話でして、サブプライム問題などよりこちらの方が深刻なように私は感じますがどうでしょうか。
2001年頃から政府が各種の規制緩和を実施したため、多くの産業が興り、それに波及して景気が良くなった面は多分にあると思います。それが現在はコンプライアンスを重視する引き締めの方向に傾いているようです。私自身が会社で働いていても以前と比べて書類一つ発行するのにとんでもない時間がかかったりと、非常に窮屈感を感じます。
もちろんコンプライアンスを遵守することは当然ですし、投資家としても不正会計など起こっては欲しくはありません。しかし、本質とは関係のないところで書類の整備に莫大なコストがかかったり、自分だけは責任取らないですむよう立ち振る舞おうとする関係者の態度が、日本全体の経済を萎縮させているような気がしてなりません。
こりゃ当分不況となるんですかね。もっとも、規制が行きすぎると今度は緩めてみたりと、その辺は時代によって周期を繰り返すだけなのですが。
moguさんのコメントにお答えします。
>こんにちは、
>ひとつ質問させてください。
>「将来のための投資」をどこまで、信用しますか?
>
>たとえば、ポジショントークで悪いのですが、典型的な、トールゲート企業でEDINETを使った開示で有名な「7893プロネクサス」も、ついこの間、ネガティブサプライズで30%減益を発表しました。
>当初の予想から、大幅な研究開発を見込むといっておいて減益予想をしていながら、さらに中間期で下方修正。
>
>うーん、そうなると個人投資家レベルでは、やはり「将来のための設備投資」は信用すべきではないと思うのですが・・・
>
>早川さんは「将来のための投資」をどこまで信用、評価していますか?
企業の設備投資に対して、個人投資家にとっての懸念材料は
1.投資に対するリターンがどれくらいあるのか(ホントにそんなに儲かるのかいな)
2.投資額がどれくらいになるのか(予期せぬ追加の出費があるのではないか)
ということだと思います。
将来の収益がどの程度になるのか、企業価値をはじこうとする投資家にとっては1が最大の関心事です。また、投資が予定されていたものの、moguさんが例として挙げられたプロネクサスのように「思わぬ追加投資」があっては直近の株価も影響を受けますので避けたいところです。
私が考慮する点は以下の通りです。
1.その(設備)投資が企業の競争優位性を更に強固なものにするかどうか。
2.決算予想がいつも控えめか。経営者の日頃の発言、ファイナンスに合理性があるか。
トールゲート企業がその地位を盤石とするための投資であれば大いにやってもらって結構です。「競合がやっているからウチもやる」「出遅れた時に説明することができないからとりあえずやっておく」といったような横並び的発想が見え隠れしていたなら見限ります。では、将来得られるリターンが果たして割に合うのかどうかという点については、個人投資家にとっては限界があるように感じています。情報を最も保有している企業の発表を信用するしかないのかもしれません。そこで、2で言及しているとおり、日頃の業績予測や経営者の発言でどの程度信用していいものか評価することにしています。
プロネクサスの場合、当初の投資額の見積が甘く下方修正してしまった点については減点ですね。もっとも1Qの発表までは具体的な投資額が未確定で、とりあえず減益予想だけしていたのかもしれません(すいません、ノンホルダーなので決算発表から得られる程度しか私に情報がないことを考慮下さい)。また、今回の投資がトールゲートを更に強固なものとするかどうかは色々と考えてみて下さい。
これらを総合して判断するしか無いと思います。難易度としては確かに高くなりますので、手出し無用と言われればそれまでですが。
また、景気循環株については設備投資のタイミングが業績に大きく寄与することになりますので注意が必要です。もっとも、やり方を私は知りませんので、もともとこの手の企業に投資は行っていません。
( 10月のスクリーニングは週末に掲載します)
自身で個別銘柄を選択し、株式を運用している人は「自分は特別」「自分ならうまくできる」という自信過剰が少なからずあると思います。
まあ、私自身がそうなので反省しているのですよ。仕事においても勉強においても無茶な計画を立ててしまい、自分ならこれくらいは実行できるという幻想を抱いては打ち砕かれる日々なんですね。
で、なぜこれほどに人はover-confidenceに陥るのか理由をつらつらと考えてみました。
1.何よりも気分がいい
他に褒めてくれる人がいないので、自分で自分を褒めてあげないと世の中やっていけません。ただ、ある程度のプライドがあることは悪いことではないと思いますけどね。
2.自分のことは自分が一番良く分かっている
寝ている時を除いて、自分のことは自分が常時モニターしています。だから、自分の一番の理解者は自分であると思いがちです。しかし、たとえば他人から見れば滅茶苦茶でも、本人は至って大まじめである××さんのような人(適当に身の回りのどなたかを想像して下さい)も多く存在することから、自分が一番良くわかっているというのは結局思い込みにすぎません。しっかりした意見を持つことも大事ですが、他人からどう見られているのかということもある程度考慮した方がいいのでしょう。
株式投資の運用においてこの手の自信過剰から逃れる術は、ETFなどのドルコスト平均買いということになり、なんとも面白くない対策になってしまいます。バリュー銘柄の機械的投資もよいのですが、この手法は一定のルールに基づいた投資を、下げ相場など結果が伴わない時期にも、運用者が淡々とこなすことができるのかどうかという問題が伴います。
えーと、私は特別に忍耐強いので、、、というオチでわざと地雷を踏んでみたりして(笑)。
中間決算が出てくる季節になりました。
経験則なのですが、四半期毎の売上、利益がほぼ等分されている企業は第1四半期の結果によって、その年の好不調がある程度つかめるように感じます。そのため私の場合、第1四半期でよろしくない決算を出している企業は一度売ることにしています。ただし、将来のための(設備)投資をして利益が前年比で減ってしまった、というような場合は別です。
四季報で「下期回復」なんていう記事があっても、大抵ダメな場合が多いのであんまり期待しない方がよいのではないかと思っています。逆に、売ってしまった分は、第1四半期で好調と思われるところへ回します。
今年は持ち株で早々に売ってしまったところが結構あったので、一般的な景気はあんまり良くない印象を私は受けています。
投資家の方々とお会いすると、文系理系でいくつかの特徴があるように感じます。
文系と理系で二分論を展開すること自体、両者の境界もはっきりしないことですからあまり意味のないことかもしれません。ただ、軽い話題を振りたい場合は、それなりに便利なものなので使わせてもらいます。
理系の投資家ですと、やはり統計やプログラミングに明るい人が多いようです。普段の仕事の延長で投資に対してアプローチをしているというのが実情でしょうか。私もこの分類に入ります。これが文系の投資家になると歴史に詳しい人が多いように感じます。企業の経営を昔の戦国武将や日本軍になぞらえた話は、なかなかに興味深いものがあり、私が聞いていても大変参考になります。
統計と歴史は異なる学問分野ですが、過去の事象から法則性を見いだそうとする姿勢については共通するものがあります。個々人の資質によって適用するツールは異なれど、根っこの所は相通じるものがあるのではないでしょうか。
一応、個別株投資以外にも、投資信託をドル・コスト平均法で買い付けているのですが、一体いくらになっているのか3年前から見ていません。マネックス証券でやってまして、クレジットカードで自動的に買付・銀行引落しなので、私は何にもすることがなくほったらかしです。10年後に開けてみる気でいるのですが、私の気が途中で変わってしまい、解約することがないように少しだけ工夫しています。
パスワードのメモをカプセルの中に入れて部屋の物置の奥深くに眠らせてあります。
まあ、証券会社にパスワード紛失の届けをするなり、カプセルを掘り出して開けてしまえば口座にログインすることは可能なのですが、めんどくさいので抑止力としてそれなりに働きます。で、その内に自分が積立をしていることなど忘れてしまいます。先ほどちょっとしたきっかけで、思い出し、このブログを書いているのですが、やっぱりめんどくさいので見る気が起きないですね。
市場の乱高下に感情を揺さぶられることなく粛々と続けるやり方としてはそれなりに機能するのではないかと思います。
*断っておきますと、個別株はEトレード証券で別口にしてあります。企業は不測の事態がよく起こるので、売れないと困ってしまいますから。
為替の急激な変動によって、FX取引で大きな損失を出したトレーダーの話をよく聞くようになりました。
一般週刊誌がFXで億万長者になったトレーダーの話を取りあげるあたり、いい加減天井が近いこともわかりそうなものですが、人間の性としてなかなかやめられないようです。あまりにも儲かりすぎると、このトレンドが未来永劫まで続くという勘違いを起こしてしまうのが一つの傾向のような気がします。かくいう私も2005年の新興市場の上げ相場で欲ボケになっていた節がありますから、その心情はよくわかります。
FXは私も外貨積立の代わりに各通貨でやっていたのですが、1ドル120円を超えるところから売りに回っていたため、何とか損失を回避することができました。大した額を投入していたわけではありませんから儲けも大したことは無いのですが。
実際に損失を経験してみないと、敢然と売りに回ることはなかなかに難しいものだと感じます。
株といい、為替といい、もの凄い下げ方してますね。
今後の展開について、私は別に悲観でも楽観でもありません(そのような予想自体が無意味)。この世界では何が起こっても不思議ではないことが、身をもって思い知らされるこの頃です。長い投資人生の中でも良い経験ができたのではないでしょうか。
信用取引をせずに余剰資金で運用していれば困ることはないはずです。(投機で信用やってる方は一度損切りになるのでしょうか)。個人投資家としては耐える一手しかないですね。私は働いて得る定期収入で、ねちねちと少しずつ買いまして行きます。